2011年4月19日火曜日

「所有ゼミ」を終えての所感(古賀) 

 レポートを執筆するにあたり、このゼミナールに参加して、私はどのようなことを経験し、どのような変化があったのかを振り返った。最大の変化は、ゼミナールの名称通り、「<所有>からアートと社会の関係を考える」[1]機会が増えたことである。

 具体的に、私はどのようなことを考えるようになったのか。その例として、先日横浜美術館に行ったときに気になったことや、考えたこと等を、簡単ではあるが下記に挙げてみたい。まず、常設展である「横浜美術館コレクション展」では、写真撮影が可能[2]であることが興味深かった。著作権はどのように扱われているのだろうか。作家や来館者等はどのように思っているのだろうか。多くの疑問を抱えなら、シャッターを切った。加えて、「横浜美術館コレクションから1作品のパトロンとなっていただくユニークな支援プログラム」[3]である「横浜美術館コレクション・フレンズ」制度は、ゼミナールの前身である「<所有>からアートの公共性を考える」プロジェクト[4]における「関わることも一種の所有」という提言に通ずる取り組みであると感じた。次に、企画展である「高嶺格:とおくてよくみえない」展については、会期中[5]につき、展示内容への言及は避けるが、油粘土やチョークといった不安定な素材や、多様なモチーフ・テーマを通して、性・国・アート・作家と作品、そして学芸員と美術館の在り方や関係性等について、ゼミナールと同様、多くの問いが湧き続ける展覧会であった。

 以上のように、ゼミナールが終了した現在も、私の頭の中では、「<所有>」・「アート」・「社会」を巡る疑問が様々な角度から生まれている。「<所有>からアートと社会の関係を考える」機会が増えた背景には、特別講義(ブブ・ド・ラ・マドレーヌさん)の準備を担当したことがある。私は特別講義の準備を通して、「共有の難しさ」と「アーカイブの重要性」を痛感したのだ。

 私がブブさんを講師としてお招きしたいと考える契機となったのは、ゼミナールの課題図書である『所有のエチカ』[6]の藤野寛「家族と所有」である。その中の「愛」・「夫婦」といったキーワードから、内容や方向性等は異なるものの、私はブブさんが参加されていたDumb TypeS/N』の台詞や、ブブさんの各活動を想起したのだ。そして私は、家族を始めとする様々な人間関係において「<所有>」の概念は切り離せないものであり、加えて、性[7]や身体、自己決定権等、他の講師や課題図書の内容とも関連の深いトピックであると考えたのだ。しかし、私は他の参加者にこの考えをうまく伝えることができないでいた。私自身の言葉というメディアの非力さに加えて、ある人にとって、ある物事は「とおくてよくみえない」ものであったり、「ちかい」のに、または「ちかい」からこそ見えない物事であったりすること―共有、ここでは共感の方が適切かもしれない、その難しさ[8]―を知った。

 自分の言葉というメディアだけでは伝えられないと判断した結果、ブブさんに関する資料をできる限り紹介しようと考えた。しかし、特別講義講師2名の主要なアウトプットは、論文や書籍といったメディアを通して行われるが、ブブさんの主要な手段は作品(映像やインスタレーション、パフォーマンス等)や活動等と多岐に渡り、しかもその多くが論文や書籍といったメディアに比べて再現やアクセスが困難であった。そのような折、断片的な情報ではあるものの、展覧会の図録、ギャラリーの作品集、雑誌のインタビュー記事等が、重要な情報源となった。それらの多くが大学の研究書庫、美術館の図書館等で所蔵されていたものであったことから、アーカイブのありがたみ―誰かの所有によって、他の人のアクセスが可能になる―ことを改めて実感したのだ。

 前半で述べた通り、このゼミナールを通して、「<所有>からアートと社会の関係を考える」機会が増えた。今はまだ、その「考える」という行為から、明確な答えを導き出すことはできず、ただ頭の中に疑問が蓄積されていくばかりだ。しかし、何らかの問いを立て、「考える」という機会の増加は、私にとって大きな変化であると同時に、収穫であったし、将来においては、さらなる実りにつなげていきたい。


[1] この問いには、「<所有>」・「アート」・「社会」、それぞれの定義の再考も含む。10月に開催された合宿における「アート」の定義を巡る議論は強く印象に残っている。

[2] 「横浜美術館コレクション展」では撮影に際しての申請は不要であった。クリエイティブ・コモンズを導入した森美術館の展覧会や、東京国立近代美術館の所蔵作品展(常設展)のように申請により撮影可能となるケース等、美術館における写真撮影時のルールに関しては、複数のパターンがある。

[3] 「横浜美術館サポーター募集」横浜美術館、2011223日閲覧、http://www.yaf.or.jp/yma/supporter/200/210/

[4] 2010年度東京大学文化資源学公開講座「市民社会再生―新しい理論構築に向けて」プロジェクト2

[5] 20112月現在。会期は2011320日まで。

[6] 大庭健・鷲田清一 編『所有のエチカ』、ナカニシヤ出版、2000

[7] ここにおける「性」は「ジェンダー」・「セックス」・「セクシュアリティ」等複数の意味を含んでいる。

[8] 難しさと同時に、面白さも感じた。講師の方々、先生方、そして参加者の皆様とのディスカッションは大変刺激になった。皆様、ありがとうございました。今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。

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